くまあつブログ

臥薪嘗胆の思いでの判断

Filed under 熊田あつし

私、熊田あつしは、2003年の総選挙に出馬して以降今日まで、
大阪1区から4度の総選挙に立候補してまいりました。
そして、今回の総選挙への出馬準備も滞りなくすすめてまいりましたが、
この度、第47回衆議院議員総選挙への立候補は見送ることといたしました。
 
今回の選挙戦の準備にご尽力くださった皆様には心からお詫び申し上げます。
 
私は、前回総選挙での落選以降、大阪での地元活動に加え、ライフワークである
エネルギー政策や外交・安全保障問題を学ぶため、米国政府招聘の研修プログラムによる渡米や、
モスクワの大学への短期留学を重ねてまいりました。
また、国内においては、普天間や辺野古など沖縄の基地問題の現場を訪ね歩き、
さらにはTPPによる農業への影響を考えるために十勝平野の農業関係者のもとを
かたっぱしから訪問したりもしました。

このような活動により、政治の場へ復帰し、もう一度仕事をさせていただきたいという
思いをあらためて強くもつようになってくると同時に、これまでより広い視野で
物事を考えさせていただくようにもなってまいりました。
 
そんな折に、今回の衆議院解散がなされました。

これまでの私であれば、一も二もなく、無所属のままでも出馬をしていたことは間違いありません。
しかし、少し離れた場所から現場目線で現在の政局を見、選挙戦を戦うことと同時に
その先にある政策実現について考える時間を持たせていただいた結果、
現在の自分のおかれた環境のまま総選挙に出馬する事は、自らの思いを貫くことには直結しないと
判断するに至りました。
 
ただ、今回の総選挙への出馬は見送るという判断をいたしましたが、
暮らしを守るための政治を実現していかなければならないとの思いは微動だにしておりません。
また、今後の政治活動も、これまで同様行って参る所存でおります。
 
この限られた文面の中では、十分に意を伝えさせていただくことは叶わないかもしれませんが、
何卒この度の判断にご理解を賜りますようお願い申し上げます。
また、今後もさまざまな機会を通じご説明をさせていただくこともお約束させていただきます。

力不足をお詫びすると同時に、今後の活動へのご指導・ご鞭撻を賜りますことをお願いし、
この度のご報告とさせていただきます。

前衆議院議員 熊田篤嗣

クリミア情勢への私見

Filed under 熊田あつし

結論から書くと、今回のプーチン大統領による「クリミア編入表明」には
驚きました。

個人的には、現時点では、クリミアの独立は容認しつつ、編入のカードは
温存すると思っていたからです。一度編入を表明した以上、欧米がどんな圧力を
かけ、どんな論理を述べようが、プーチン大統領は後戻りができない状況になった
のではないでしょうか。言いかえれば、そんなことをわかった上での今回の表明は
それほどの決意を持ってのことだろうと感じました。

そもそも、住民投票による独立宣言は、有効なのか、無効なのか。
まず、そこに触れたいと思います。

1999年の東ティモール、2006年のモンテネグロ、2011年の南スーダンは、
いずれも住民投票を経て独立を宣言し、国際連合加盟を果たしています。
世界は、これらの国々の住民投票による独立を承認したのです。
根拠は、国連憲章第1条2項の「自決の原則」だとされています。
今後も、例えば今年の9月には、スコットランドで住民投票が予定をされています。
 
その一方で、欧米諸国は、今回のクリミアは認められないと言っています。
それは、ロシアの武力が介在し、民主的な住民投票ではないという理由です。

しかし、一皮むけば、これは国益をかけた権力闘争が繰り広げられる国際政治の
場での話です。実際のところは、それぞれに根拠を示しながらも、各国が自国の
国益にかなう場合は承認し、そうでない場合は承認しないというのが本音なのでは
ないかと思います。(とはいえ建前でも正当性は非常に重要ですから、どちらも
「国益をかけた権力闘争だ」とは言えないでしょうが。) 

東ティモール、モンテネグロ、南スーダンの場合は、所謂5大国が折り合いを
つけられる話しであったから、国連加盟まで至ったのだと思いますが、今回は違います。

ということを踏まえ、住民投票による独立宣言は有効か無効か、という点に
戻れば、一般論・建前論で言えば、条件を満たしているかどうかというところが
大きな要素となるということなのでしょう。

その上で今回の件に話しを戻せば、ロシアの立場を考えれば、国益にかなうであろう
クリミア独立承認までは予想できました。しかし、もう一歩進んで、ロシアへの
編入も表明するとなると、僕は、プーチンの信念ともいえる決意を感じました。

彼は、ベルリンの壁が崩壊した時に、KGBドレスデン支部に勤務し、ソ連を中心とした
東側世界の崩壊を目の当たりにし、その後、ソ連解体、NATOの東方伸長を
目の当たりにしてきました。今回のウクライナの件はその延長にあると考えたとすれば、
プーチンにとっては「攻め」ではなく「守り」の戦いであり、危機に瀕した祖国を
思う気持ちというものがそこから強烈に出てきているのではないかと推測できます。
このことは今回のプーチンの演説内容からも伝わってきます。

クリミア半島の軍事的な重要性ということに加え、このような背景からくる強烈な
愛国心が、プーチンの行動の根底にあるのではないかと思えてなりません。
ただ、だからといって、今回のロシアの判断を、短絡的に支持するものではありません。
 
一方で、日本は、世界の秩序や自決の原則を踏まえたうえで、日本の国益を最重要視して
行動すべきです。

中国が軍拡を進めている状況下での日米同盟の重要性やエネルギー問題など、
ポイントは何点かあると思いますが、今回は、特に一点問題提起をしたいと思います。

住民投票による独立を安易に認めてしまえば、例えば国後島・択捉島で同じことをすれば、
北方4島の独立やロシアに帰属していることの確認も、論理的には可能になるのではないか?

また、日本の国籍取得制度などとも関係してきますが、ある意図を持った国の出身者が
日本国籍を取得し、特定の島などの人口希薄地帯に集中的に居住して住民投票を行ったら
どうなるのか?
(ちなみに、中国籍から日本への帰化は、年間3000人から5000人程度で推移)。

日本国憲法前文にあるように、私たちは、「諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意」しているわけですが、生き馬の目を抜く
国際社会で、いかに日本の国益や領土を守るかということも、自らの責任として
考えていかなければなりません。

住民投票の有効性は、歴史的経緯、国際秩序、住民の資格等も考慮して判断して
いかなければならないということも、併せて主張すべきではないでしょうか。

今回のクリミアの住民投票の有効性は安易に判断できるものではありませんが、
何があっても祖国を守るためには圧力には屈しないというプーチンの態度からは
(くどいようですが、今回の「行動」ではなく「態度」です)、
国家を担う政治家の気迫を感じる思いがしました。

プーチン大統領の決意を考えれば、オバマ大統領もこれから相当の決意を
求められるでしょうし、両者の間に立たされる安倍総理も厳しい判断を求められる
ことが予想されます。

その時、単なる追従者になるのではなく、主体性を持った発信をしなければ、
また日本は存在感のないままに双方から信頼を得られない結果になってしまうでしょう。
 
今、日本が問われています。

集団的自衛権に関する基礎的な考察

Filed under 熊田あつし

昨今「集団的自衛権」に関する議論がよく見受けられますが、
いろんなところでお話ししていると、感覚的・感情的に論じている場合が
よくあるような気がしています。

そこで、自分としての整理もかねて、いくつかの文献を参照にしながら、
私なりに思う基本的な論点について簡単にまとめてみました。
かなり長くなってしまいましたが、ご容赦ください。

1.「集団安全保障」と「集団的自衛権」の違い

混同しがちですが、これは異なる概念です。
「集団安全保障」は、19世紀的な勢力均衡政策に代わる概念で、
国際連合に受け継がれています。締約国内において、平和に対する脅威が
発生すれば、他の締約国が全体で一体となって、この平和に対する脅威に対応します。
言ってみれば「内部の敵」に対する行動です。国連による集団安全保障は、
実質的には世界全体を対象にし、平和の脅威に対して、他の国々が一緒になって
対応することとなっています。

「集団的自衛権」は、典型的には同盟関係で、その同盟の外部からの脅威に
対して、同盟国が一緒になって対応するものです。すなわち「外部の敵」に対する
行動です。例えば、冷戦期のNATOやワルシャワ条約機構などがわかりやすいと思います。

2.「集団的自衛権」の根拠

日本も加盟している国際連合の、憲章第51条にあります。念のため、
全文記載します。但し、当然ですが、正文は日本語ではありません。

「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した
場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、
個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。
この自衛の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に
報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和
及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に
基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。」
 
補足をすれば、安保理が措置をとるまでの間、安保理に報告することを前提に、
個別的及び集団的自衛の固有の権利を害さないということです。言い換えれば、
「集団安全保障」が機能するまでの間は、「集団的自衛権」を認めると読めるので、
「集団的自衛権」は「集団安全保障」の補完概念ととらえられているように思います。

3.「固有の」の意味

国連憲章51条をもう一度見ていただくと、集団的自衛権は、「固有」の権利
となっています。普通に読めば、これは「基本権」「自然権」として国家が当然に
もつものと読めます。
 
ちなみに、「固有」を大辞林で調べると、「本来備わっていること。」となっています。

広辞苑では、「天然に有すること。」「もとからあること。」となっています。

ただ、先ほども書きましたが、国連憲章の正文は日本語ではありません。
正文は、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語、中国語です。

そこで念のために正文も見てみました。(今回は、ロシア語、スペイン語、中国語
までは確認できませんでした、また時間あるときに調べてみます)

まず英文ですが、「the inherent right of individual or collective self-defense」
と書かれており、このinherentを辞書で調べると、「(物に)本来備わっている」
「(人に)生まれつきの」となっています。

また、フランス語では、「droit naturel」と書かれており、まさしく「自然の」権利
となっています。
 
4.現在の政府見解

平成16年6月18日 衆議院 政府答弁書 (内閣総理大臣小泉純一郎)

「集団的自衛権とは、国際法上、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、
自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止することが正当と
される権利と解されており、これは、我が国に対する武力攻撃に対処するものではなく、
他国に加えられた武力攻撃を実力をもって阻止することを内容とするものであるので、
国民の生命等が危険に直面している状況下で実力を行使する場合とは異なり、
憲法の中に我が国としての実力を行使することが許されるとする根拠を見いだし難く、
政府としては、その行使は憲法上ゆるされないと解してきたところである。」
 
ここでは、日本国政府としての「集団的自衛権の解釈」と、「憲法の中に、我が国が
実力を行使することが許される根拠がない」ということが書かれていると思います。
 
ということは、一般論としての集団的自衛権は、国家の基本権として否定はされていないと
読んでいいのだと思います。

5.日本国憲法における位置づけ

では、一般論ではなく、日本国は、集団的自衛権を保有するのでしょうか?
あらためて日本国憲法の全文を読んでみました。

先ほどの政府答弁書では、憲法の中に「行使」することが許される根拠がないと
ありました。そこで、集団的自衛権の「保有」について、政府答弁書の表現を借りながら
私としての理解を書けば、「憲法の中に我が国としての(集団的自衛権)保有を
許されないとする根拠を見いだし難く、その保有は憲法上否定することはできない」
という感じになるのではないかと思います。
わかりやすく言えば、「集団的自衛権を保有しているとするのは、憲法違反ではない」
ということではないでしょうか。
 
私は、学者ではありませんので、これらの論点を踏まえたうえで、政治家として
現在日本が置かれている、あるいはこれから置かれようとしている政治的な環境を踏まえ、
日本国及び国民の安全を守るためにどういった対応をすべきかということを
示していかなければならないと思っています。

また、この件に関しては、さまざまなご意見やご指摘もあると思います。
是非いろいろなお声をお聞かせください。よろしくお願いいたします。

ウクライナ情勢への私見

Filed under 熊田あつし

ウクライナ情勢が激動の真っ只中にあります。
先日来、FaceBookで書いてきた私見を、簡単にまとめました。

今回の発端となったキエフのデモは、僕が昨年モスクワに滞在している頃に
始まりましたが、その頃モスクワで間接的に聞いていた話では、正直なところ
ここまで事態が進展するとは思いませんでした。

しかし、2月18日からのデモ隊と治安部隊の衝突によって多数の死者が出たことから、
事態は収拾不可能なほどに悪化しました。
この衝突が起きた時期ですが、2月7日から23日まで開催されていたソチ五輪に
重なり、ロシアが行動をしばられている時期ですが、これは偶然なのでしょうか?

今回の事態からは話しがそれますが、少しさかのぼって2008年の南オセチア紛争を
振り返ってみると、グルジア軍とロシア軍の戦闘が始まったのは、8月7日でした。
これは、プーチン首相(当時)が北京オリンピックの開会式に出席しているタイミングです。
この時も、一方の当事国であるロシアが動きにくいタイミングで事態は急変しました。

この南オセチア紛争では、先にどちらの軍が仕掛けたかは双方主張が異なっているので、
その件にはふれません。ただ、紛争前からアメリカがグルジアに対し、
鉄道や装備の面で援助をしていたのは事実のようです。
グルジアは、アゼルバイジャンからトルコに至るパイプラインの中継地で、
ロシアやイランを経由せずに中東の原油を手に入れるために重要な地域だと
いうことが背景にあるのでしょう。

そして、今回のウクライナ情勢。
先にも書いた通り、またオリンピックの時期に大きな動きがおきました。
そして、その間、アメリカは、ソチでテロが起きた時の米国人救出の為と言うことですが、
フリゲート艦テーラーと揚陸指揮艦マウント・ホイットニーを黒海に派遣していました。
(もっとも、テーラーはトルコのサムスンで停泊中に座礁してしまっていましたが…)

考えすぎかもしれませんが、ウクライナは黒海に面しており、今回注目されている
クリミア半島こそがロシアの黒海艦隊の基地になっているところです。
いろいろと背景を考えてしまいます。

さらに付け加えれば、2月22日にヤヌコビッチ大統領が解任されたすぐ後の24日には、
アメリカ政府はバーンズ国務副長官がウクライナの首都キエフに25日から26日にかけて訪問し、
トゥルチノフ大統領代行と会談すると発表しています。
とっさの対応とは思えないほど手際がよいように感じてしまいます。

率直に言えば、私は、今回の事態の発端は、世界がオリンピックに注目している裏側で、
ロシアがオリンピックで動けないことも含めてその状況を利用しながら、
アメリカが強くしかけたことにあるように感じています。

旧東欧諸国やバルト三国までEUに加盟している現状で、兄弟国家とも言えるウクライナにまで
EUの東方拡大が及べば、事態が緊迫する事は当然です。
ロシアからすれば、特に、黒海艦隊の基地とロシア系住民の保護、ここは何があっても
譲れない一線でしょう。

ヤヌコビッチ大統領の政治が良かったかどうかの判断はここでは留保しますし、
民衆の力による政権打倒も否定するわけではありません。
しかし、ウクライナのトゥルチノフ大統領代行が、民主主義的な手続き、
すなわち選挙によって選ばれたのでないことは確かです。
東西で親欧派と親ロ派のわかれるウクライナで、今のままの政権が全土を掌握する
正当性をもてるはずはありません。
本来であれば、現体制は暫定的な選挙管理体制として、すみやかに民主主義的な
選挙を行なうべきでしょう。
しかし、国益をかけた駆け引きが行われる国際社会ではそのような単純なことには
ならないでしょう。
むしろアメリカは、この政権と対話を続け、既成事実を積み上げているようにしか
みえません。

これではロシアが態度を硬化させるのは当然です。

ただここで言いたい事は、しかけたアメリカが悪くて、今回はロシアに正当性が
あるということではありません。
先ほども書いたように、国際社会は、各国が国益をかけた権力闘争をしている場です。
善悪も大切ですが、その前にまずは現実を踏まえ、いかに日本の国益を守るかが
問われているのだということが言いたいのです。

アメリカは恐らく、同盟国である日本にも共同歩調を求めて来るでしょうが、
私は、エネルギー供給源の確保や領土問題を抱えるわが国としては、単純に歩調を
合わせるべきではないと考えます。
日本は、日米同盟を堅持しつつも、ロシアとの対話の窓口としての役割を果たす
道を目指すべきです。

その点は、日本以上にエネルギー供給源としてロシアに依存し、また経済的な
結びつきも強いドイツなども同じ課題を抱えるでしょうから、このあたりとの情報交換も
大切になるのではないでしょうか。
(ちなみに、ロシアからの天然ガスに依存する度合いは、EUは25%と、
日本の9.5%を大きく上回っています。)

今後、軍事的緊張に続き、米ロ間の経済戦、情報戦、外交戦が始まります。
日本外交の真価が問われる局面です。

ロシアより②

Filed under 熊田あつし

みんなの党から14名の離党者が出て、新党結成に動いている事が報じられています。

私自身も国会に身を置き、昨年似たような行動をしただけに、離党者の大きな流れを
つくりたいという気持ちや、野党再編の必要性は理解できます。しかし、一方で内向き志向、
それも国内ではなく永田町での内向き志向の政治が続いている気がしてなりません。
こんなことを繰り返している場合ではないはずです。

私は今年、アメリカ・ロシアと滞在してきました。この投稿もロシアからです。
外から日本を見てみると、今の日本がいかに危うい状況か、強い危機感を覚えます。

今の不安定な東アジア情勢で、中国や韓国は、まったなしで日本に攻勢をしかけてきています。
国際政治に大きな影響力を持つ米露両国内とも、中国・韓国は、情報発信は強力で、
その存在感は日本をはるかに凌いでいます。

私は、その中でも特に、今後に大きな影響を与える大変重要な要素として、次のふたつが気になりました。

①それぞれの国(日本・中国・韓国)からの留学生の数
②相手国(アメリカ・ロシア)でのそれぞれの国の言葉(日本語・中国語・韓国語)の学習者数

①は、アメリカでは、かつては日本からの留学生がの方が多かったのですが、
日本経済の低迷、中国・韓国経済の伸張という状況の変化にともない、今ではほとんどの大学で、
日本人留学生は、中国人・韓国人留学生より少なく、存在感が希薄になっています。

また、ロシアでは、もともと日本からの留学生は少なく、旧共産圏のつながらりから中国や
ベトナムからの留学生は多かったのでしょうが、今回、自分自身がモスクワの大学で
ロシア語研修を受けながら感じたのは、意外にも韓国からの留学生が目立ったことです。
サムスンやヒュンダイなど韓国企業のロシア進出と並行して増加してきているようです。

留学生の意味をあえて単純化して言います。彼らは、ひとつには最先端の研究に接し、
卒業後その成果を自国に持って帰ります。これはそれぞれの国の技術力の基礎力を引き上げるでしょう。
また、相手国の言葉を習得することで、実際のビジネスや文化交流などの結びつきを強めるでしょう。

さらに、相手国だけではなく世界からの留学生と接することで、相手国を中心に各国の次世代を
担う人たちと人間関係を築き、自国の立場を訴え、また相手の情報を得るパイプを築きます。
このパイプは卒業して終わりではなく、学生時代の友人関係として今後も継続していくでしょう。
これは、政治・経済・報道・文化などで将来各国のリーダーとなっていく人間とのホットラインを持つ事を意味します。

②は、アメリカでもロシアでも、日本語学習者よりも中国語学習者の方がはるかに多いです。
また、どちらの国も韓国語学習者が近年増加し、日本語よりも存在感を示しています。
ロシアでは、韓国語はビジネスや就職に直結する言語として学ばれているのに対し、日本語は
日本文化への共感や憧れから勉強している人が多いという話しを聞ききました。

はっきりした人数を把握してはいませんが、学習者もおそらく韓国語の方が多いだろうと言うことでした。
ロシア人からは、「韓国製品よりも日本製品の方が好きだ」という言葉をよく聞く一方で、
現実としてビジネスでは韓国語を学ぶ。背景には日本企業あるいは日本市場の閉鎖性があるのかも
しれないとの話しも聞きました。

人間関係でもそうですが、自分からの主張だけではなく、相手もこちらを理解してくれる
姿勢があってこそ、相互理解が深まります。特に、言葉が通じない異文化コミュニケーションに
おいては、その姿勢は重要ではないでしょうか。そう考えれば、海外での日本語学習者を
もっと大切にすべきではないでしょうか。

外国語を学ぶということは大変な努力が必要です。
僕も受験勉強の時から英語で相当苦労し続けてます。
そんな苦労する事を、メリットがなかったり、その国が嫌いだったりしたら、やろうとするはずが
ありません。言葉を学ぼうとしてくれる人の数は、そもそも経済や文化を含め、その国を指向している
度合いの指標でもあるはずです。

特に、世界の共通語ともいえる英語以外の言語に関しては、その傾向は顕著でしょう。
日本語、中国語、韓国語は、いわゆる第二外国語の位置にいます。ロシアにおける韓国語は、
まさしくこの経済的な意味を象徴しているのでしょう。

ここにおいても、日本は文化やイメージに頼りながら、しかしその発信すら本気さが感じられません。
例えば経産省のクールジャパンのHPでは、英語はあってもロシア語はありません。
少なくとも、クールジャパンのHPは、国連の公用語版(英語・フランス語・ロシア語・
スペイン語・中国語・アラビア語)くらいはあってもいいのではないでしょうか。
日本の情報に触れることで、より日本を学ぼうという気持ちが湧いてくるはずです。 

世界の情報戦の中心であるアメリカにおいて、尖閣や従軍慰安婦のテーマで完全に中国・韓国の
後塵を拝していることは、単にこのような問題は存在しない、もしくは解決済みだという
日本政府の立場の表れだとの一言でかたずけられるものではありません。
情報発信力の基礎力として、こういった人的交流の深浅の差がその背景にあることを
理解しなければならないのではないでしょうか。

日本の国会が、内向き指向で運営され、政党間の駆け引きで離合集散が繰り返されている間に、
世界は日本不在のまま、それぞれの国益確保のために動いています。にも関わらず、
日本では、政党交付金の関係か、また今年も年末恒例の新党ができようとしている…。

そんな場合ではないはずなのに…。

ロシアより①

Filed under 熊田あつし

中国の防空識別圏設定が問題となっています。
この事には毅然とした対応が必要なことは言うまでもありませんが、
それとは別にこのニュースを聞きながらの自分の所感を書きました。少々長くてすいません。

「中国が尖閣に防空識別圏を設定」。今月初めからモスクワに来ているので、
記事で読んだだけで日本国内の雰囲気はあまりよくわかっていないところもありますが、
様々な反応が伝わってきます。しかし、正直言って日本の対応に場当たり的なものを感じます。
 
今回の事態は、昨今の中国の姿勢を見れば、遠からず想定できたことだと思います。

国際社会とは、国際法がある一方で、実質的に剥き出しの権力闘争が行なわれている闘技場です。
その国際社会で大切なのは、自己の視点に立った主張を繰り返すだけではなく、
他者の視点を理解した上で、様々なプレーヤーとの駆け引きの中でいかに自国の国益を守るか
ということではないでしょうか。彼を知…り己を知った上での行動が必要なのです。

であれば、日本の論理だけで「それはおかしい!」と言っても、相手がひっこむはずはありません。
「国際法上でも日本が正しい!」と言っても、相手は相手の論理で行動します。
それぞれの国が自国の国益のために行動するのが国際社会です。

その中で、日本の国益を守るためには、対処療法的対策ではなく、戦略が必要です。
中国も、何も場当たり的に防空識別圏を設定してきたのではありません。好き嫌いは別として、
国力をつけ、日本の外交的な隙をついて行動してきたことは認識しなければなりません。
もし場当たりであり、外交的な隙を突くという姿勢でないのならば、中国の核心的利益と
言っている台湾も防空識別圏に設定するはずですが、そのような事にはなっていません。
すなわち、中国の戦略的な対応なのです。

逆に言えば、日本も長期的な視点に立った外交的戦略を描き直す必要があると考えます。
国際社会においては、1から10まで自国の要望だけをごり押しし、他者と向き合う姿勢を失えば、
四面楚歌の状況に陥ります。そのことを踏まえた上で日本を取り巻く状況を考えてみてください。
現下の緊張関係として最も意識せざるを得ないのは日中関係なはずです。
とすれば、日韓関係の悪化は、中国にとっては外交上非常に“おいしい”状況を生むのではないでしょうか。
この点は、先日訪米した時に、米国の政治関係者からも強く指摘をうけました。私もその通りだと答えました。

確かに韓国政府の日本に対する姿勢には大きな問題があります。
しかし個々の問題点にその都度感情的に反応するのではなく、大きな戦略眼を持ち、
まずは韓国政府と冷静に向き合い、関係修復を志向していかなければなりません。
私は、国会議員の頃、韓国との関係を改善・強化すべきだと考えていましたが、そのような行動に対し
一部の方から強い抵抗を受けたりしました。しかし、今でも日韓関係の強化は日本の国益に資するものだと考えています。

そして同じく重視しなければならないのが、ロシアだと考えています。
中国との長い国境を有し、強い人口圧力を受けているロシアは、中国との間に緊張関係をはらんでいます。
さらに、私は8~9月に訪米し、その後11~12月の予定でロシアに来ていますが、
米国のシェールガス開発が中国に波及し、その結果ロシアの天然ガス市場に大きな影響を与える
可能性があるということを実感として感じています。この件も露中関係に大きな影を落とす可能性があります。
日韓関係の緊張を中国が利用したように、日本も露中関係に緊張が生まれるのならば、
そのことを踏まえた行動の準備をしなければなりません。

日本が、日米同盟を基軸にしつつ、日韓関係を改善し、あらたに日露関係を構築することができ、
さらには中国との間に同様の課題を持つフィリピンやベトナムともきちんと協議していけば、
中国も今回のような暴挙を繰り返すことは難しくなります。

言うほど簡単でない事は理解しています。しかし、大きな方向性として志向すべきです。
よく、今の自衛隊の実力であれば人民解放軍と戦っても勝てるんだ、という主張を聞きます。
しかし、大切なことは、戦って勝つことではなく、戦わずして勝つことなのです。
自衛隊の重要性は論を待ちませんが、外交と防衛を両輪にし、周辺国が日本との摩擦を避ける、
すなわち「戦わずして勝つ」環境をつくることが善の善なるものなのです。戦前の過ちを繰り返してはなりません。

当然、中国を孤立させたり、中国と対立したりすることが目的ではありません。
ただ、国際社会とは常に緊張関係の中にあり、その中で自国の国益を守るためには何をしなければ
ならないかという戦略眼を持ち行動すべきだ、と言っているのです。

最後に個人的な行動を説明させていただくと、だからこそ、私は今年、米国・ロシアそれぞれに
長期の訪問をしてまいりました。外交といっても最後は人間関係です。日本国内にいて、
掛け声だけで関係改善を訴えるのではなく、相手の懐に飛び込み、本気で正面から向き合って
いかなければならないとの思いからの行動です。こういった思いからの行動をしながら、
未来の日本のため、将来を見据えた国際関係構築の一助となっていきたいと思っております。

アメリカへ

Filed under 熊田あつし

明日より、米国国務省の招聘を受け『安全保障・エネルギー政策』というテーマで
訪米してきます。

ニューヨーク・ワシントン・デンバー・ロサンゼルス・ホノルルを訪問し、
米議会・国務省・国防省・米軍・エネルギー関係企業等との会合を重ねてまいります。

またUSTR(米通商代表部)も訪問し、TPPについての議論もする予定となっております。

各党に自己改革を求めるからには、自分自身も自己研鑽に励み、最新の国際情勢を
学んでまいります。詳細は帰国後にご報告いたします。

『政治は、くらしを守るためにこそある』

Filed under 熊田あつし

『政治は、くらしを守るためにこそある。』 

当たり前です。ひとりひとりの政治家はそれぞれに、この当たり前を実現するためのテーマを
持っているはずです。子育て、医療、社会保障、街づくり等、様々ですが、みな大切なテーマです。
その中で私は、この3つの柱こそライフワークだと考えています。

 “くらし“とは、言い換えれば日々の営み、すなわち活動し食事をするということです。
現代社会においてその根幹は、エネルギーです。あらゆる活動にエネルギーは不可欠です。
それは機械化された現代の農業・漁業にも言えることです。エネルギーなくしては、食物すら
確保できません。エネルギー資源の確保は、くらしを守る為の最重要課題です。
日本は資源小国であるため、エネルギー政策は、外交そのものとなり、安定供給の確保は、
安全保障と密接不可分になるのです。だからこそ私は、この3点がセットであり、外交・安保と
直結するからこそ、国政でなければできないことがあると考えています。

同様に、くらしを守るとは、単に生きることを守るのではなく、人間らしく幸せに暮らすことを
守るということです。そのためには、景気対策と同時に経済の安定が必要です。今、アベノミクスで
景気は上向いています。このことに揚げ足を取るような視点から異を唱える気はありません。
ただ、今後、消費増税、株価・為替の変動、TPP等、課題が横たわっているのも事実です。
これからの舵取りは大変に微妙であり、それに対し、建設的・多面的な意見を述べていく責任があると
考えています。

政治・行政改革も、くらしを守るためには欠かせません。時代の変遷に応じて、的確に対応できる
政策を打ち出していくためには、硬直化した今の政治・行政システムを根本的に作り直す必要があります。
私は、その一つの手段として道州制を考えています。

所属政党の政策をそのまま語り、自らの信条を語れない。何故議員を目指すのか、何故国政なのかを
答えられない。ブームに乗って登場したそんな政治家を何人も見てきました。今こそ、政治家も有権者も
変革しなければなりません。私の3つの柱は、選挙向けのテーマではないとよく言われます。
しかし、そんなことは関係ありません。今、何が必要なのか。目先の利害ではない価値観で行動する
政治を心がけてまいります。

参議院の役割と政党政治

Filed under 熊田あつし

つい半年余り前の民主党政権の頃、衆参のねじれで国会審議が滞る場面が
よく見られました。昨年の政権交代後、現時点では衆院選は行われていないので、
普通に考えれば、ねじれは解消されたはずです。

しかし、通常国会最終日、参院で首相問責が可決され、ねじれ健在ぶりが示されました。
これは自公にも民主にも属さない政党の動向に大きな要因がありますが、それ以上に
参院が『政局の府』になってしまった故である気がしてなりません。
今回の参院選で連立与党が勝利すれば、ねじれは解消するでしょうが、これは参院が
完全に衆院型の政党政治になった証です。

私はこういった構造になった大きな要因に、選挙制度があると感じています。
制度論的に考えれば、選挙制度というルールによって、議員というアクターの行動は
制約され、その中で最も合理的な行動を選択する
からです。

参院は『良識の府』として、各政党に属しながらも、衆院の政局とは一線を画した論理で
行動するところにこそ存在意義があるはずです。この参院選を契機に滞っている選挙制度改革論議に
一石を投じ、衆参の役割の見直しも含め、抜本的・本質的な国会改革・選挙制度改革として
対象範囲を拡大し、早急に進める方向を示すべき
です。

混乱した政治は、国益の喪失につながります。時間はありません。

熊田あつし

小選挙区制度の限界  ~候補者としての所感~

Filed under 熊田あつし

 今回の総選挙で、4回目の出馬となりました。4回とも小選挙区と
比例での重複立候補です。しかし、私は、今回の第46回総選挙は、
これまでの3回とは大きく異なる行動原理で動きました。

 これまでの3回は、「民主党」からの出馬。そして今回は、「日本
未来の党」からの出馬です。行動に与える影響という視点からすれば、
党名はあまり関係ありませんが、党の規模は大きく関係していました。

 それは、これまでの「民主党」での戦いは、政権交代をも意識して
いる野党第一党からの立候補ということを常に意識していたことを意味
します。言い換えれば、小選挙区での勝利を目指しての戦いであり、
二大政党制の下で確実に勝とうと思えば、常に51%以上の得票を目指す
戦いでもあるということです。

 その結果、主張はどうしても丸まってしまい、無難な発言になって
しまいます。活動報告やブログでの発信も、どうしても角が立たない
ように意識したものになってしまっていました。周りの方々からは、
面白みがないとか、何が言いたいかよくわらからないとか、個人の主張
が弱いとか、いろいろと言われました。

 しかし、だからといって少々尖った発言をすると、すぐに別の考えを
持つ人達からの反応がありました。対立候補や対立政党を応援している
人達からの意見に対しては、ある程度割り切って対応し、普通に再反論
もしてきたのですが、こういうプレッシャーにあたるものは、往々にして
応援してくれている側からの反応のほうが迅速かつ強硬でした。

 それに対し、今回の総選挙は「日本未来の党」からの出馬。それこそ
今だから言える発言ですが、小選挙区での勝利は初めから無理だと思って
いました。正直な話し、比例復活狙いです。これは周囲の皆様も口には
出さないけれども、同じ考えだったと思います。しかし、候補者本人が
やる前から選挙区は無理だなんて、口が裂けても言えません。ですから、
選挙中は、みんなわかっていながらも、選挙区勝利目指して頑張るという
ことになっていました。実際に、選挙結果は近畿ブロックで比例2位。
「日本未来の党」が1議席しか確保できなかったので比例次点ということに
終わりましたが、狙い通りの位置につけることができた戦いでした。

 とは言え、得票で見れば、大阪1区の中では、総投票数の10%強。かつての
51%を目指していたという事からすれば無残な数字でしょう。それでも
私自身は、大変に納得のいく選挙戦をさせていただいたと思っています。
比例という制度があるおかげで、51%を目指さなくとも、10~20%の支持を
いただければ、当選できる可能性があったのです。これは、選挙中の私の
意識に大きな影響を与えました。批判されないように無難な主張をする必要は
なくなったのです。これは、単に選挙戦での訴えだけではなく、日々の
行動原理にも影響を与えました。

 すなわち、比例という制度が、中選挙区的な要素を補完しているという
ことなのでしょう。制度論的には、死票の多さや、選挙毎の議席配分の
振れ幅の大きさなどが、小選挙区制の大きな課題となるのでしょうが、
実際に小選挙区制の下で戦った候補者の意識からすれば、このような政治家
の意識や主張あり方の部分に一つの課題を感じました。この点も、選挙制度
を考える上ではよく言われる課題ではありますが、大政党と小政党のどちらの
候補者も経験したことで、実感として感じることができました。

 その意味からすると、私は、小選挙区制よりも、中選挙区制・大選挙区制・
比例制などの方が、多様な民意を反映できるとともに、政治家も自らの主張を
堂々と語れるのではないかと感じます。自分自身もその小選挙区制度下で議員
になった一人ではありますが、小選挙区になってから、政治家が小粒になった
と言われることもしばしばありました。その一因はこのようなところにも
あったのかもしれません。

 ただ、一方で、資金の面から見れば、私のような貧乏政治家には小選挙区制
のほうがありがたい制度でもあります。もともと選挙制度改革の折にも出て
いたのは、金のかかる選挙の見直しでもあったはずです。中選挙区時代、
五当四落なんて言葉がありました。これは、「5億円使えば当選するが、4億円では
落選だ。」という意味です。だからこそ政治家は金が掛かるので、いろんな
金権腐敗も生まれる素地になったのでしょう。こんな時代であれば、私は選挙に
出るなんてことすらできなかったでしょうが、今では、この20~40分の1もあれば
選挙に挑戦することができます。その点からすれば、小選挙区制のメリットも
間違いなくあるわけです。

 そのことも踏まえ、私も基本的には中選挙区制のほうが日本には馴染むと考えて
いますが、単に中選挙区制に戻すのではなく、金権選挙に戻さないためにも、
資金面における制度的な工夫なども含めて議論していかなければならないでしょう。

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